優しいコーヒー

 

 

最近、何をしてもうまくいかない。

 

院生になって始めた研究は、計画段階で教授に否定され続け、ようやく実験にこぎつけても、前準備で躓いたり、前提条件を間違えたり。

 

「研究なんてそんなもんだよ」

順調に研究を進める友人に言われた一言で心が折れそうになった。

 

研究室に戻り、冷めたコーヒーをすする。冷えた苦みがじんわりと体にしみていく。今やこの苦みだけが僕の味方でいてくれる。優しく僕を包んでくれる。

 

午前2時。

 

研究室にいるのは僕だけだ。

なんだか少し面白くなって動画サイトからよさげなジャズを流してみる。不気味で薄暗い研究室が、銀座のオシャレなバーになった。

 

僕はジャズに合わせて体を動かす。明日の進捗発表では、みんな僕よりも進んでいる内容を自慢げに話すのだろう。

 

それでもいいさ。僕だけがこの空間を楽しんでいる。

 

気分が高揚して、リズムを刻みながらコーヒーカップに手を伸ばした。

 

カツン。

 

爪にはじかれたコーヒーカップが、ゆっくりと倒れた。

 

僕が戻っていく。

 

黒が机の上に広がっていく。とめどなく。とめどなく。

 

あわてて布巾を取りに行く途中で下に転がっていたノートパソコンに足をぶつけた。鈍い痛み。爪の間がにじんだ赤黒い血で濡れていく。

 

ジャズが終わった。

 

机からはぽたぽたと垂れるコーヒー。

淡い水色の絨毯にすっかりしみができている。どうせ落ちない。

 

僕は家に帰った。